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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1168号 判決 1965年3月10日

理由

控訴人主張の請求原因である原判決事実摘示一の(一)および(三)の事実は当事者間に争いがない。

(一)  控訴人は、被控訴人が配当要求をした約束手形金債権は、控訴人の競売々得金受領を妨害する目的で、今堀数右衛門と被控訴人とが通謀して作成した架空の手形に基づくものである旨主張するのでこの点につき判断する。

(証拠)を総合すると、被控訴人はその弟である(この点は当事者間に争いがない。)今堀数右衛門およびその妻うのの懇請により、右数右衛門に対し、昭和三〇年一月三日金一三〇、〇〇〇円、同年九月六日金二〇〇、〇〇〇円、昭和三一年二月初め頃金一〇〇、〇〇〇円、同月末頃金四〇〇、〇〇〇円を貸与し、そのつど右数右衛門振出の約束手形または小切手を受け取つたが、その後数回これらを新手形に書き換えさせ、かつ漸次手形金額を合算させて、最後に乙第一号証の約束手形、すなわち金額八三〇、〇〇〇円、満期昭和三七年二月一九日、支払地振出地とも京都市、支払場所株式会社協和銀行京都市七条支店、振出日同年一月一五日、振出人今堀数右衛門、受取人被控訴人と記載した約束手形に書き換えさせ、右手形債権に基づき控訴人主張の配当要求をしたものであることが認められる。当審証人今堀うの、同谷沢哲朗の各証言および同証言によつて、成立を認めうる甲第一号証によると、昭和三一年一一月今堀数右衛門が倒産に際し、その債務整理のために各債権者に債務免除を求めた書面中には、被控訴人が債権者として記載されていないことが認められるけれども、前記証人今堀うのの証言によると、右書面は今堀数右衛門の商品取引上の債権者だけを対象としたもので、被控訴人のように商品取引に関係なく、かつ親族の債権者は除外したものであることが明らかであるから、同号証に債権者として被控訴人の記載がないからといつて、未だ前認定を左右するに足りず、また当審における控訴人本人の尋問の結果により成立を認めうる甲第二号証も前認定を動かすに足りるものではなく、他に控訴人の前記主張を認めて前認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  控訴人は、被控訴人が昭和三一年一〇月頃今堀数右衛門の負債整理のための債権者の会合の席上で、本件約束手形(乙第一号証)の原因となつている同手形書換前の手形債権金八三〇、〇〇〇円を放棄した旨主張するけれども、原審における控訴人本人尋問の結果中右主張に副う部分は信用できない。また、原審における証人今堀うの(第一回)、同夏梅豊春の各証言によると、前記日時頃今堀数右衛門の債権者の会合の席上で、被控訴人は控訴人を含む債権者全部(約十数名)が債権総額約六、〇〇〇、〇〇〇円を放棄してくれるならば、自分も債権を放棄してもよい旨発言したが、控訴人がこれに応じなかつたことが認められるが、右発言により被控訴人が確定的に右手形債権を放棄したものとは解されず、他に控訴人の右主張を認むべき証拠はない。

(三)  控訴人は、本件約束手形は受取人である被控訴人から振出人である今堀数右衛門に裏書譲渡されているから、その際右手形債権は混同により消滅した。かりに、右主張が認められないとしても、本件約束手形は被控訴人から今堀数右衛門へ、さらに今堀数右衛門から木下晴美へと順次裏書譲渡されており、後者の裏書抹消は不適法であるから、右手形の真実の権利者は木下晴美であつて、被控訴人ではない旨主張するのでこの点につき判断する。

乙第一号証(本件約束手形)の裏書欄の記載によれば、受取人被控訴人を裏書人とする白地裏書(第一裏書)に次いで、振出人今堀数右衛門を裏書人とする白地裏書(第二裏書)、さらに木下晴美を裏書人とする白地裏書(第三裏書)が順次なされている。しかしながら、戻裏書を受けた振出人がさらに裏書をした場合にその被裏書人は、手形に署名したすべての債務者に対する権利を取得することができるのであつて、振出人については債権債務が同一人に帰したにかかわらず、その債務は混同によつて消滅するものではない。このことは有価証券はたとえ自己に対する債権を表章する有価証券であつても一個の客観的財産としてこれを取得保有することができることから導き出される当然の結論である。ただ戻裏書をうけた振出人が満期まで手形を保有し、また満期後に振出人が戻裏書を受けたときは、振出人が本来満期に支払うべき義務者であるため、当然支払があつたものと認められるにすぎないのである。そればかりでなく、右裏書欄の記載に原審(第二回)および当審証人今堀うの、原審における証人渋谷希樹の各証言ならびに被控訴人本人尋問の結果を総合すると、「被控訴人は今堀数右衛門から前認定のように本件約束手形(乙第一号証)の振出交付を受けてから自らこれを所持していたが、昭和三七年二月本件競売事件で右約束手形債権をもつて配当要求の申立をなすため、右手形を京都市在住の今堀うのに預けて、右申立手続を委任した。うのは被控訴人のために、本件約束手形を支払のため呈示する目的で取立委任の趣旨で被控訴人を裏書人として白地式に前記第一裏書をした。うのはさらに誤つて今堀数右衛門を裏書人とする前記第二裏書をしたが、取立委任をした株式会社富士銀行京都支店の行員の示唆により右第二裏書を抹消のうえ、取立の便宜のために右銀行に預金口座を有していたうのの子木下晴美名義の前記第三裏書をして呈示し、その支払が拒絶されて後、右第三裏裏も抹消され、被控訴人は本件約束手形を所持している。」ことが認められ原審(第一回)証人今堀うのの証言中右認定に副わない部分は信用できず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定によれば、本件約束手形の前記第一裏書は白地式による隠れた取立委任裏書であり、前記第二および第三裏書はうのによつて単に取立の便宜上なされたものにすぎず、真実に手形上の権利を譲渡したものでないばかりか、その抹消も適法になされたものと認められるから、被控訴人は本件約束手形の所持人であることが明らかである。

そうすると、控訴人の前記主張はすべて理由がない。

してみると、控訴人主張の配当手続において、京都地方裁判所が被控訴人の本件約束手形債権の存在を認めて作成した配当表にはこれを取り消すべき事由がない。よつて控訴人の請求を失当として棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却。

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